「四季」(’68寮祭文化祭三年演劇台本)(1) [劇台本「四季」]
「記録」を写しながら頭に浮かべていたのが、その5ヶ月前の11月1日、寮祭でやった演劇のことだった。台本があの辺にあるはずと探したらあった。「記録」がしんどいところにさしかかってきたので、気分転換にこっちを写すことにした。気分に任せて第一景を写し終えた。いま、すっかり当時の空気に浸っている。《思い出話なんてのは、先に何もすることのなくなった年寄りのすることですもの。》当時からみれば6年後、27歳の設定、そして今や72歳。「先に何もすることない」どころか、どんどん増えてくる。そうか、「思い出話」も歳を重ねれば増えてくる。
* * * * *
「四季」
と き 数年後
ところ ある都会の小さな借家
登場人物
宮田一男 (二宮啓憲)
ふみ子(滝口静子)
竹田憲治 (森本直樹)
片平あや子(高山昌子)
村井 弘 (菊村道男)
佐藤 実 (井沢辰夫)
川山孝一 (林 幸宏)
後藤けい子(三宅芳子)
山口みち子〈旧姓 太田〉(内藤久美)
男
舞台はごく簡単に
四季それぞれ、そのムードに
冬は雪 春は桜 夏は暑さ 秋は落葉
ところ ある都会の小さな借家
登場人物
宮田一男 (二宮啓憲)
ふみ子(滝口静子)
竹田憲治 (森本直樹)
片平あや子(高山昌子)
村井 弘 (菊村道男)
佐藤 実 (井沢辰夫)
川山孝一 (林 幸宏)
後藤けい子(三宅芳子)
山口みち子〈旧姓 太田〉(内藤久美)
男
舞台はごく簡単に
四季それぞれ、そのムードに
冬は雪 春は桜 夏は暑さ 秋は落葉
◎第一景
冬、もう暗い。
ふみ子、食事のできた机を前にして内職の仕事をしている。時々、ふと時計を見やる。
警報機の音と、それに伴う列車の通過音。
しばらくして、玄関の開く音。
ふみ子「おかえりなさい」の声と共に笑顔を見せて立ち上がる。
一男、無言。不機嫌な顔つき。
ふみ子 おそかったわね。
一男 ん・・・・・
ふみ子 残業?
一男 ん・・・・・
ふみ子、一男のオーバーをすばやく脱がせ、くつろいだ服装にさせながら、
ふみ子 今日の私の稼ぎ分七八〇円也よ。今日はものすごく調子良かったんだから。夕べあなたと約束したスキーのせいね。
二人食膳につく。一男無言のまま。
ふみ子 ごめんなさい。ごはんさめちゃったわ。
どうしたの? 風邪でもひいたのかしら。寒い?
一男 ・・・・・
ふみ子 何かあったの?
一男 ん、千葉がな・・・
ふみ子 千葉さんていったら、あんたと同期の? 前に家に来た・・・
一男 ん
ふみ子 あの人、ファイトの固まりみたい。会社でもすごいんでしょうね。
一男 ん、あいつがな、係長になったんだよ。
ふみ子 へぇー、ずいぶん早いのね。あの人、燃える時にぱーっと燃えちまおうっていうタイプだもんね。
全然あんたなんかとタイプが違うわ。あんたはどっちかというと、その場その場を慎重にっていうタイプでしょ。そんな人だから、私も好きになったんだろうし・・・あら、昔話になりそうね。あの頃はやった歌に”アイアナタトーフタリ”ってのがあったわね。「あんな歌マイホーム礼賛の佐藤反動政府イデオロギー攻勢」なんて勇ましいこと言ってたもんだけど・・・マイホーム主義礼賛か・・・。そんでも、今になってみると私たち、マイホームだけが生きがいみたいなもんだもんね。私たちもすっかり保守的になっちゃったわ。あー、思い出すわ、・・・新寮問題か・・・。毎晩毎晩よくあれだけやったわね。それにしても寮同士、よくああ行ったり来たりしたものね・・・。それがために私たち二人が結ばれたわけ・・・。
(ふと思い出したようにほほえみながら)あんた、片平あや子さん好きだったことあるでしょう。秘かに女子寮にもあのうわさは流れたわよ、あんた意外にもてたんでしょう。
一男 (だいぶ機嫌よくなって)もういいだろう、そんなこと。おかわり。
ふみ子 あの人たちどうしてるかなあ。男子寮の竹田さん、佐藤さん、川山さん、村井さんたち。みんな一緒に委員会やったもんね。
一男 (すっかり昔話に引き込まれて)竹田、佐藤、川山、村井か。なつかしいなあ。女子寮の太田さん、後藤さん、・・・それに片平さんなんかもどうしてるんかなあ。みんなそれぞれなんとかおさまってるんだろうな。
ふみ子 その後全然きかないわね。みんなどうしてるかしら。
一男 太田さんなんか嫁さんに行ったらどんな顔してるんだろうな。ほら、委員会終わってのコンパの時、ベロベロになっておどりだしたもんな。僕と竹田で苦労したぜ。あのでっかい図体を女子寮まで引きずっていったんだから。
ふみ子 あんただって飲んだらひどかったわよ。泣き出すんだから。
一男 いまはそんなことないだろう。
ふみ子 どうだか。もっとも今の暮らしじゃ、あんたが泣き出すほどガボガボ飲ませられないわよ。
一男 あーあ、若い頃がなつかしい。
ふみ子 あんた、年寄りじみたこと言っちゃあだめよ。まだ27でしょ。・・・昔話がいけなかったのね。思い出話なんてのは、先に何もすることのなくなった年寄りのすることですもの。でもあんたがあんまり沈んじゃってるからどうしようかと思って。あんたのモットー”わが道を行くgoing my way"はどうしたの。とにかく、自分が前を向いて一生懸命歩いてゆく限り、他人がどうあろうとそれにかかずらうことはない、ってのがあなたの信条のはずじゃないの。
一男 うん。昔話をしているうちにそれを思い出したんだよ。もう大丈夫。でもね、会社のああいう空気の中にいると、自分と同じぐらいのやつが僕を置いてどんどん昇っていくってことはものすごく苦痛になるんだ。 でも僕には僕の世界がある。そうさ、ね、ふみ子。
ふみ子 ええ。
ふみ子立ち上がって戸を開け、夜空を眺める。
ふみ子 まあ、久しぶりに晴れたわね。きれいな星よ。ね、あんた来てみて。
一男、無言のまま立ち上がり、共に空を見上げる。 (溶暗)
冬、もう暗い。
ふみ子、食事のできた机を前にして内職の仕事をしている。時々、ふと時計を見やる。
警報機の音と、それに伴う列車の通過音。
しばらくして、玄関の開く音。
ふみ子「おかえりなさい」の声と共に笑顔を見せて立ち上がる。
一男、無言。不機嫌な顔つき。
ふみ子 おそかったわね。
一男 ん・・・・・
ふみ子 残業?
一男 ん・・・・・
ふみ子、一男のオーバーをすばやく脱がせ、くつろいだ服装にさせながら、
ふみ子 今日の私の稼ぎ分七八〇円也よ。今日はものすごく調子良かったんだから。夕べあなたと約束したスキーのせいね。
二人食膳につく。一男無言のまま。
ふみ子 ごめんなさい。ごはんさめちゃったわ。
どうしたの? 風邪でもひいたのかしら。寒い?
一男 ・・・・・
ふみ子 何かあったの?
一男 ん、千葉がな・・・
ふみ子 千葉さんていったら、あんたと同期の? 前に家に来た・・・
一男 ん
ふみ子 あの人、ファイトの固まりみたい。会社でもすごいんでしょうね。
一男 ん、あいつがな、係長になったんだよ。
ふみ子 へぇー、ずいぶん早いのね。あの人、燃える時にぱーっと燃えちまおうっていうタイプだもんね。
全然あんたなんかとタイプが違うわ。あんたはどっちかというと、その場その場を慎重にっていうタイプでしょ。そんな人だから、私も好きになったんだろうし・・・あら、昔話になりそうね。あの頃はやった歌に”アイアナタトーフタリ”ってのがあったわね。「あんな歌マイホーム礼賛の佐藤反動政府イデオロギー攻勢」なんて勇ましいこと言ってたもんだけど・・・マイホーム主義礼賛か・・・。そんでも、今になってみると私たち、マイホームだけが生きがいみたいなもんだもんね。私たちもすっかり保守的になっちゃったわ。あー、思い出すわ、・・・新寮問題か・・・。毎晩毎晩よくあれだけやったわね。それにしても寮同士、よくああ行ったり来たりしたものね・・・。それがために私たち二人が結ばれたわけ・・・。
(ふと思い出したようにほほえみながら)あんた、片平あや子さん好きだったことあるでしょう。秘かに女子寮にもあのうわさは流れたわよ、あんた意外にもてたんでしょう。
一男 (だいぶ機嫌よくなって)もういいだろう、そんなこと。おかわり。
ふみ子 あの人たちどうしてるかなあ。男子寮の竹田さん、佐藤さん、川山さん、村井さんたち。みんな一緒に委員会やったもんね。
一男 (すっかり昔話に引き込まれて)竹田、佐藤、川山、村井か。なつかしいなあ。女子寮の太田さん、後藤さん、・・・それに片平さんなんかもどうしてるんかなあ。みんなそれぞれなんとかおさまってるんだろうな。
ふみ子 その後全然きかないわね。みんなどうしてるかしら。
一男 太田さんなんか嫁さんに行ったらどんな顔してるんだろうな。ほら、委員会終わってのコンパの時、ベロベロになっておどりだしたもんな。僕と竹田で苦労したぜ。あのでっかい図体を女子寮まで引きずっていったんだから。
ふみ子 あんただって飲んだらひどかったわよ。泣き出すんだから。
一男 いまはそんなことないだろう。
ふみ子 どうだか。もっとも今の暮らしじゃ、あんたが泣き出すほどガボガボ飲ませられないわよ。
一男 あーあ、若い頃がなつかしい。
ふみ子 あんた、年寄りじみたこと言っちゃあだめよ。まだ27でしょ。・・・昔話がいけなかったのね。思い出話なんてのは、先に何もすることのなくなった年寄りのすることですもの。でもあんたがあんまり沈んじゃってるからどうしようかと思って。あんたのモットー”わが道を行くgoing my way"はどうしたの。とにかく、自分が前を向いて一生懸命歩いてゆく限り、他人がどうあろうとそれにかかずらうことはない、ってのがあなたの信条のはずじゃないの。
一男 うん。昔話をしているうちにそれを思い出したんだよ。もう大丈夫。でもね、会社のああいう空気の中にいると、自分と同じぐらいのやつが僕を置いてどんどん昇っていくってことはものすごく苦痛になるんだ。 でも僕には僕の世界がある。そうさ、ね、ふみ子。
ふみ子 ええ。
ふみ子立ち上がって戸を開け、夜空を眺める。
ふみ子 まあ、久しぶりに晴れたわね。きれいな星よ。ね、あんた来てみて。
一男、無言のまま立ち上がり、共に空を見上げる。 (溶暗)
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